『伊勢物語』は、平安時代の、9世紀から10世紀にかけて作られた歌物語です。奔放な人生を送ったと伝えられる天才歌人・在原業平(ありわらのなりひら、825年〜880年)をモデルに、恋愛や交友、また失意の流浪や遊興など、さまざまな内容が、和歌を中心に語られています。
現在普通に読まれている本は125段の章段によって構成されていますが、これらの段は一度に作られたのではなく、50年以上の間に、複数の作者によって、次々と新しい段が加えられ、現在の姿になったと考えられています。
『伊勢物語』は、当時の人々から高く評価され、紫式部の『源氏物語』にも大きな影響を与えています。それから現在まで、約千年のあいだ、『伊勢物語』はそれぞれの時代の人々に愛され、さまざまな形で、熱心に読まれ続けてきました。
当初、『伊勢物語』は、手で書写された本、すなわち写本の形で読まれていました。そこに手書きの絵を加えた、いわゆる絵巻や絵入り本も、古くから作られていました。そんな『伊勢物語』も、江戸時代になると、ようやく版木を使った版本として印刷されるようになります。この時代の人々はとりわけ『伊勢物語』を愛好し、『伊勢物語』は江戸時代のあいだ、合計すれば100種類以上も出版されましたが、そのほとんどは絵入りの版本でした。
今回は、関西大学図書館が所蔵する資料の中から、伊勢物語絵入り版本の初期と後期をそれぞれ代表する2点を、ホームページ上で展示します。まず1点めは、最初の絵入り版本として慶長13年〜15年(1608〜1610年)に出版された「嵯峨本伊勢物語」の模倣覆刻版と思われる版本に、手書きで彩色をほどこした本です。2点めは、西川祐信の絵を添えて延享4年(1747)に刊行された「改正伊勢物語」です。
人々は、この時代、『伊勢物語』をどんな思いで読み取り、どんなイメージで受けとめていたのでしょうか、二種類の本の挿絵を通して、江戸時代の人たちといっしょに、『伊勢物語』の世界をゆっくりと散策してください。
(関西大学文学部教授 山本登朗) |